本日、3月21日(土)健軍文化ホール2Fパーティルームで理事会終了後、今まで熊本の有機農業の礎を築き、発展に多大の貢献を頂きました
「荒木幹夫様、川添紘子様、田上知事子様、森 蓮子様」4名様に、今までの熊本有機農業のご貢献に対しての感謝の意を表する「感謝の集い」が行われました。皆様、熊本の有機農業の今までの歴史とともに歩まれて、なぜ熊本で有機農業運動が発生したか、それらはどのような経緯を辿ったか、今現在の有機農業の現状に関して、そして今後どのように有機農業を発展させてほしいかお話されました。
<田上 知事子様>
<荒木 幹夫様>
<森 蓮子様>
今回、川添様はご欠席されましたが、皆様のご紹介のなかで印象に残っているのが、「熊本有機農業研究会」は最初、生産者、消費者、学者らの任意の研究会で発足され、1999年に国の法律に基づいてNPO化されたそうです。当時は有機農業運動というのはただ単に堆肥を使う運動ではなく、「世直し運動」であり、日本の有機農業の発展に寄与された一楽照雄先生が来熊された際に、「有機農業運動は、消費者と生産者との提携が前提で、環境・健康を破壊しないための農業運動と消費者の生命を守る運動が結合させる運動であり、環境問題に取り組み、ボランティア活動をするなど世直し運動の一環であり、軽々しく有機農業運動と言ってほしくない」といわれたことがあったそうです。そして、当時の消費者は現在の消費者と違い、子どもをおんぶしても有機農業運動に携わることもあり、当時と現在の消費者の意識の落差についても語られていました。
余談ですが、熊本の有機農業の歴史にも一楽照雄先生の存在は大きく、ワンマンで多数決はなく、「自分は間違ったことを言っていない」と発言することもあったなど、その指導性は天皇陛下とも呼ばれていたそうです。
それと、会の発足時の生産者と消費者との関係についてもお話されました。現在は宅配しても理解が浅い消費者は一回で辞めるが、当時は消費者が意欲的に5名程度のグループを作り消費運動するなど、生産者を自発的に動かしていたそうです。その時代の背景としては農薬の大量の使用が社会問題となっていたこともあり、先進的な考えを持つ消費者達が現状に憂いて、積極的に有機農産物を求めていたそうです。それと比べ現在の消費者の有機農業に対する認識は甘く、もう少し提携の主旨を理解するよう努めるとともに、消費者の理解に頼るだけではなく、生産者・流通者なども情報発信するなど有機農業の本来の主旨を啓蒙する活動ももっと必要ではないだろうかとも語られました。
語ると尽きませんが、とにかく熊本有機農業の歴史の変遷について知ることができる大変貴重な体験ができました。「荒木幹夫様、川添紘子様、田上知事子様、森 蓮子様」今まで、熊本の有機農業をここまで引き上げて下さりありがとうございました。今後も、ご指導いただくことがあるかと思いますが、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
最後に所管ですが、「もっと情報発信する必要がある」と意見がでましたが、私も情報大氾濫時代の中、情報発信をする努力もしないと氾濫する情報の中に「有機農業の存在意義」が埋没してしまうのではなかろうかと危惧いたしました。
Y.K